2013年06月28日

金森マユさん

2013年2月 
オーストラリアのフォトアーティスト 金森マユさんが、
私の実家、和歌山に、わざわざ取材に来てくれ、
村上安吉のことなどをいろいろ教えてくれました。

その時の英語の記事は、こちら!!
http://aboutmurakami.wordpress.com/2013/02/20/252/

それを私が、日本語に翻訳した記事が、こちら。
http://minamiruruka.seesaa.net/article/331015115.html

村上ファミリー.png

私が、生まれて初めて、
祖父のことを、まじめに調べてみようというきっかけをくれたのが、
金森マユさん。

ここからしばらく、彼女にもいろいろ教えてもらいながら、
オーストラリアと日系人について、考えようと思っています。
感謝!!
posted by 南 瑠霞 at 00:02| 和歌山 ☁ | TrackBack(0) | 日系人取材こぼれ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月25日

探検コム

2013年6月
南 瑠霞が、オーストラリアの日系人のことを、
たどりたいと思った時、
最も困ったのは、
参考文献が、ほとんど英語で、
日本語で参考になるものが、
チョーーーー少なかったこと。汗

で、インターネットをいろいろ見ていたら、
とある、木曜島の真珠ダイバーたちの、記事を見つけた。
(こんな曜日の付いた名前の島があるんですよね〜、
オーストラリアに!!驚&笑)
これが、心細かった私に、
オーストラリアの日系人のルーツを垣間見せてくれた、
ありがたい記事だったのです。
その元をたどってみると、
「探検コム」というサイトに行き当たった。
なんだか、雑誌の編集者の方が、
本業のかたわら、
世界各地に行っており、
それを、どんどん、探検記事にしてまとめたのが、
巨大なサイトになっているようであった。

ダメもとで、勇気を振り絞って、
この方に「日本語資料を探したい!!」と、
連絡を取ってみたら、
瞬く間に、
ものすごくたくさんの、200ページ以上の資料を探し当てて、
送ってくれた。
見も知らぬ私に!!!!驚&喜

実は、これに励まされて、私は、
19日、ミキモト真珠に行ってみた。
そこから、私の、日系人資料集めは、
始まっている。

おとぎ話のように、人に出会って、
勇気をもらって、また次に!!
そうして、私は、フェイスブックを立ち上げた。
http://www.facebook.com/profile.php?id=100006165131794#!/profile.php?id=100006165131794

探検コムのKさん!!
本当に、ありがとうございます。
おかげで、ちょこっと前に進んでいます。

また、話が進んだら、Kさんに、
ご報告せねば!

<探検コム>
たんけんこむ.png
http://www.tanken.com/
posted by 南 瑠霞 at 17:55| 和歌山 ☁ | TrackBack(0) | 日系人取材こぼれ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月24日

About Broome and Darwin, Australia

Broome and Darwin are hometowns of my family.
In early 1900,
My grandfather Yasukichi Murakami did work of the pearling in Broome and ran the store in Darwin.
He was a Japanese-Australian, died in Australia.
His descendants still live in Broome and Darwin.
I live in Japan Tokyo now.

I was born and brought up in Japan.
But I feel that Australia is a hometown of my heart.
My mother was born in Australia, too.

There is a small street,that name is Murakami-Road,in Broome.
I investigate the history of Yasukichi Murakami now.

ブルームとダーウィン.png
posted by 南 瑠霞 at 01:31| 和歌山 ☁ | TrackBack(0) | Japanese-Australian from Kushimoto,in English | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

南 瑠霞(みなみ・るるか)です!!

A南パー青空.jpg

南 瑠霞です。
手話通訳士で、
手話パフォーマー&手話コーディネーターという、
全国でも、とても珍しい仕事をしており、
和歌山県串本町・串本大使を任命していただきました。
串本のことを、多くの方に、お伝えするメッセンジャーです。

串本は、両親の故郷で、
現在の実家が、串本町田並にあります。

私自身は、
父が、米軍の通訳をしていた関係で、
広島県江田島町で誕生。
瀬戸内海の島で大きくなりました。
その後、高校時代を串本町で過ごし、
現在は、東京都世田谷区に住んでいます。

母方は、オーストラリアの日系人。
父方の多くの親戚は、アメリカ西海岸に出ています。

このブログでは、
おもに、串本の町のお話と、
オーストラリアの日系人の話を取り上げています。

よろしくお願いします。
南 瑠霞
posted by 南 瑠霞 at 17:02| 和歌山 ☔ | TrackBack(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オーストラリア・ブルームに残る「村上ロード」

ロード.jpg
*英語版はこちら → http://kusimotorukaruka.seesaa.net/article/367233731.html

村上安吉。ブルームの日本人コミュニティのリーダーだった。
また、当時の伝説的真珠業者、アンセル・グレゴリーの友人であり、良きパートナーだった。村上とグレゴリーは、20世紀という時代が動き始めたブルームで、長く協力関係を築いた。人々の心が、新しい力で世の中を切り開こうと、野心と意欲に満ちていたころである。

1922年、村上とグレゴリーは、この近くにあるエントランス・ポイントという場所で、真珠の養殖をしようと、密かに計画を立てていた。それが町の人々に知られると、抗議の声が上がり、彼らの計画は終わりへと向かった。警官が、すべての設備を壊してしまったのである。オーストラリア初の真珠養殖計画は、こうして消え去った。
(*注:当時、人々は天然真珠の値が下がることを恐れ、養殖に猛反対した。)

日本が、第二次世界大戦に突入した時、村上は、ブルーム在住の日本人コミュニティとともに、抑留された(日系民間人捕虜となった。)。ブルームで過ごした後、ビクトリア州の抑留キャンプで、寒さと湿気に体を弱らせ、1943年病死。
(*注:村上安吉の死亡日は、別の資料で1944年と記されており、多くの証言もあることから、1944年と思われる。)

ブルームの町の、養殖真珠貝孵化場につながるこの道に、村上安吉の名前を記す。
(*注:養殖真珠貝孵化場=真珠養殖のための貝を、交配などで育成する場所。)



☆この記事は、オーストラリア在住、フォトジャーナリスト 金森マユに、文字だけではわからない、真珠養殖専門用語や地名などについて教えてもらい、翻訳しました。それによって、当時の時代背景や地元の様子が、初めてわかりました。ありがとう!!
(金森マユ「About Murakami」http://aboutmurakami.wordpress.com/) 
posted by 南 瑠霞 at 12:00| 和歌山 ☁ | TrackBack(0) | オーストラリアの日系人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Murakami Road in broome,Australia

Murakami Road in broome,Australia
Muarami Yasukichi is my grandfather.

ロード.jpg
※in japanese → http://kusimotorukaruka.seesaa.net/article/367568087.html

Yasukichi Murakami,a leader of the Japanese community in Broome ,was a friend and partner of the legendary pearling master Captain Ancell Gregory.Murakami and Gregory forged a lasting partnership in Broome at the turn of the century that was characterized by ingenuity,innovation and willingness to take a risk.

In 1922 Murakami and Gregory forged a secretive plan to produce cultured pearls at Entrance Point close to this spot. When the town discovered their plan the outcry was such they were forced to close the operation,with the police destroying all of their equipment. Thus ended the first attempt to produce cultured pearls in Australia.

When Japan entered WWU,Murakami was interned along with the rest of Broome’s Japanese community . After a lifetime in Broome he could not stand the cold and damp of the internment camp in Victoria and died there of pleurisy in 1943.

It is fitting that the road servicing Broome’s cultured pearl shell hatchery should bear Yasukichi Murakami’s name.
posted by 南 瑠霞 at 00:27| 和歌山 ☀ | TrackBack(0) | Japanese-Australian from Kushimoto,in English | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月22日

串本ブログ再開

手話パフォーマーで、手話コーディネーター、手話通訳士
南 瑠霞です。
ごくたまに、このブログに、串本に関する記事を書いていました。

自分のファミリーのことで、
話題がたまってきたので、
少し、オーストラリアに移住した、日系人の話を、
つづりたいと思います。

毎日は、頑張れないとは思いますので、
のんびり参りますが、
そうとは言っても、2015年は、戦後70年。
2次大戦前後の、オーストラリア日系人のこと、
少し、追いかけていければという気持ちです。

いつも、皆さん、ブログを見に来てくださって、
ありがとうございます。

橋杭岩.jpg
posted by 南 瑠霞 at 22:17| 和歌山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オーストラリアの日系人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

ミキモトライブラリー

__ (8).JPG

祖父が、1900年代初め、
オーストラリアで、真珠関係の仕事をしていました。
それを取材し始めたのは、この日。
6月19日。

「祖父のオーストラリアでの真珠採取の活動について、
調べています。
でも、私は、英語ができません。
真珠で有名なミキモトさんに、
養殖が始まったころの、海外の様子、
何か、資料は、ありませんか?」

とお聞きしたら、広報の方が、快く、
「ミキモトライブラリー」をご紹介してくださいました。
宝石関係の、いろんな書籍を所蔵している、
ライブラリーで、
一般の人も、予約をすれば、
のぞかせてくださいます。

そこで、紹介してくださったのが、こうした本。

__ (6).JPG

__ (7).JPG

オーストラリアの日系人の真珠については、
木曜島の話以外、ほとんど日本語になっていないので、
本当に資料が少ないのです。
ミキモトライブラリーでも、
ほとんどの書籍が、英語などの外国語版でした。

何にも知らない私は、
まず、この本から、勉強をスタートさせることにしました。

お忙しい中、私にとても親切に、
対応してくださり、
いろんなことを教えてくださった、
担当の、青山顕さんに、感謝いたします。

☆ミキモトライブラリー
http://www.mikimoto.com/jp/stores/relation/library.htm
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 和歌山 ☁ | TrackBack(0) | 日系人取材こぼれ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

橋杭岩

はしぐいいわ.JPG

夕焼けの橋杭岩です。
「はしぐいいわ」と読みます。笑

このブログでも、時々ご紹介しています。
今回も、串本カレンダーからです。

串本を離れた、同級生たちは、
橋杭岩の話をするとき、懐かし〜い目をします。
生まれ育った町を思い出し、
心を優しくしてくれる風景の一つです。

職場の友人は、この写真を見て、
「外国かどこかの風景みたい!!
ちょっと、ロマンチック!!」
と言ってくれました。笑
いや・・・・たぶん、
じかに見るとそれほどでは・・・汗&笑

串本の、海沿いの国道を車で走る機会があったら、
ぜひ、眺めてください。
posted by 南 瑠霞 at 19:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月28日

大島水門祭

今日の、太平洋岸は、チリの地震で、
津波警報が出ていました。
和歌山県串本町も、
1メートル近い津波が来る可能性があるとのことでしたが、
夕方までに、被害はなかったようです。

南半球の津波が、北半球まで、
何時間もかかって到達する自然の脅威に、
世界がつながっていることを実感しました。

大漁船.jpg

2月の串本は、春の始まり。
写真は、県指定の無形民俗文化財「大島水門祭」
なのだそうです。
またまた、串本のカレンダーから、借用いたしました。笑
本土串本と、向かいの大島を結ぶ、
小さな海峡(水門)を、漁船が往復して、
競争します。
男の祭りですね。
posted by 南 瑠霞 at 17:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

ちょっとクイズに挑戦してみてください。笑

ちょこっと、クイズです。笑

岩手県宮古市
山口県下関市
青森県大間町
和歌山県串本町

この4つの町(市)の、共通点はなんでしょう?

でも、その前に・・・
みなさん、
この4つの町(市)、
全部、知っていますか? 笑&汗

私は、実際のところ、
山口県下関市は、わかります。
そして、和歌山県串本町が、
自分の実家ですので、ここもわかります。笑

でも・・・・
岩手県宮古市
青森県大間町
は、どこにあるのか、
何の町(市)なのか・・・??
本当に、ごめんなさい。
これから、勉強したいと思います。

そして・・・
この4つの町(市)の共通点は!?

実は!!
この4つが、日本の本州の、
東西南北の端っこの街なんですって!!

ご存知でしたか?
2009年11月には、
この4つの街の端っこの首長、
つまり市長さん、町長さんが、
わが町、串本町に、集まって下さったんですって。
素敵ですね
こんなところまで、遠くから来て下さって、
とてもうれしく思いました。
「本州四端交流事業」というのだそうです。

行政問題より、
きっと観光などの交流情報交換が、
主なんだと思います。
これからは、地方の時代です。
みんなで、観光・商業の活性化、
楽しく協力し合って、頑張りたいですね。

いろんな町のこと、
少しずつ、知っていきたいと思いました。

串本広報.jpg
posted by 南 瑠霞 at 17:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月17日

関西で熱帯魚!?

そうです。
和歌山県は、関西でありながら、
海に行けば、
熱帯魚に会えます。笑

串本のさかな.JPG

串本の魚2.JPG

写真は、串本海中フォトコンテスト から。
http://www.kushi-photocon.jp/
ユニークな魚たちの表情が、
たくさん紹介されています。
多くの方が、串本の海で、
こんなに素敵な写真を撮っておられることを、
知りませんでした。
posted by 南 瑠霞 at 19:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

串本の人口

串本広報.jpg

毎月、町役場の方が、
広報を送ってくださいます。
ありがとうございます。

串本町の秋現在の人口は、
19326人
男性  9005人
女性 10321人
100歳以上の方は、9人
だそうです。
posted by 南 瑠霞 at 00:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

橋杭岩(はしぐいいわ)

はしぐい岩.jpg

串本の名所の一つ、
「橋杭岩(はしぐいいわ)の、夜の風景です。
ライトアップがなされ、星の動きも映っているという、
珍しいものです。
串本の、カレンダーに紹介されていました。

向かいにある大島と、本土をつなぐように、
杭のように、連なっています。
岩が長い間に、荒波に浸食されてできた、
珍しい自然現象です。

東京に出てきている、
同級生の医者の友人が、
「わたし、橋杭岩、ホンマに好きやわ。
橋杭岩を見たら、串本へ帰ってきたな〜って、
感じるわ。」
と、話してくれました。
posted by 南 瑠霞 at 00:19| Comment(3) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

海金剛(うみこんごう)

海金剛(うみこんごう)。
串本町大島にある海の絶景です。
海にそびえる金剛のように輝くところ
そんな意味でついた名前なんでしょうね。
まぶしい太陽に、海の波が輝いて、
緑の美しい風景が広がっています。
わたしのすきな場所のひとつです。

海金剛.JPG
posted by 南 瑠霞 at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

岩の上に人!人!人!?

東京で忙しい毎日を送っています。
実家のある和歌山県串本町を、応援しています。

さて、この写真!!

岩の上に人.JPG

岩の上にたくさんの人がいます。
でも、遭難して救助を待つ人ではありません。笑

磯釣り.JPG

後ろのほうに、漁船が写っています。
わざわざ、この人たちを、
岩の上につれてきて、おろしたのです。
漁港の、サービスです。
磯釣りスポットに、お客さんたちを下ろし、
時間が来たら、また迎えに来てくれます。

串本の海沿いでは、磯釣りが盛んです。
私は釣りに詳しくないので、
どんな魚が釣れているのかわかりません。
でも、この光景は、
地元の人には、見慣れた風景です。笑
posted by 南 瑠霞 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

串本・・・台風銀座・・・汗

和歌山県串本町を、応援しています。
この秋は、台風18号が、
大接近。
友人の町会議員さんも、
いろいろ、その後の片付けなど大変だったようです。

浜田勝裕
http://blog.livedoor.jp/hamakatu2000/archives/65148007.html

瓦が飛んだ家などもあったようで、
毎年台風シーズンは、いろいろ心配です。

串本町は、海が近い。
海がきれい。
熱帯魚系の魚もいっぱいいる。
それが自慢ですが、
台風も、必ず、立ち寄りコース。
元気に負けずに行きたい。

串本地図.jpg
posted by 南 瑠霞 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

串本町大島のトルコ食器専門店

串本のすぐ沖にある大島。そこに樫野崎灯台がある。
この近くが、100年以上前、トルコ船が遭難した場所。
その人たちを救助したときから、
トルコと日本の友好関係は、
100年以上も続いているわけだけど、
それがご縁か、灯台に続くきれいな道の一番海側には、
トルコ食器専門店がある。
トルコ人の方が、流暢な日本語で、接客してくれる。
う〜、インターナショナル 串本!!

トルコの店.JPG
カラフルで細かい模様のきれいな食器がいっぱい並んでいるお店です。

トルコ食器.JPG
ピンクのお茶碗とどんぶり?いや、小さめのボウルと大きめのボウル?笑 を買いました。

posted by 南 瑠霞 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月10日

トルコ記念館

トルコ記念館ミニ.JPG
トルコ記念館の前で。
看板に、トルコと日本の旗が描かれています。

トルコ大統領が見えるときいて、初めて、
100年以上前の、トルコ船の遭難事故のことを、
まじめに考えました。

そのときから続いている、
トルコと日本の友好の様々な記念資料が、
ここにあります。

入場料 大人250円 小人120円
トルコ記念館.JPG
(トルコ記念館)

トルコ軍艦遭難慰霊碑.JPG
(トルコ軍艦遭難慰霊碑)
posted by 南 瑠霞 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

トルコ大統領が串本へ 軍艦の遭難慰霊碑に献花(和歌山)

トルコ大統領が串本へ 軍艦の遭難慰霊碑に献花(和歌山)

とてもうれしい記事!!
トルコ大統領って、こんな方だったのね。
100年以上前の事故なのに、地元には、遺品がたくさんあって、
それが引き渡されたって。
そうか・・ちょっと、胸に来るね。
当時の海の遭難で、
日本で亡くなったトルコ人の方は500人以上。
これで、トルコに帰れるかな。
大統領、日本に来てくださって、ありがとう。
一串本町民より。

(インターネットのニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080607-00000000-agara-l30

http://www.kyodoshi.com/link.cgi?url=kii/20080607150416
posted by 南 瑠霞 at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 南 瑠霞の串本ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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