2018年07月04日

Ray Murakami 村上 玲 について


オーストラリアでは、私の名前は、
るるか・玲子・マーガレット・南・村上
と言います。笑

るるかは、瑠霞の読み方で、私が日本でも、
最も日常的に使っている名前で、本などもこの名前で出しています。

玲子は、私の戸籍名で、厚生労働大臣公認資格でもある、
手話通訳士名簿600番の南玲子は、私の本名です。笑
私が生まれた時、父は「玲」の一文字をつけたかったようですが、
兄が「子」を付けたほうがいい!と強く意見したことで、
私の名前が「玲子」となったと聞いています。

マーガレットは、父が母にプロポーズした時、
オーストラリア日系人である母方の祖父母が、結婚の条件として、
「生まれた子供は全てキリスト教に入れるように」と言ったことで、
自動的に登録された私のクリスチャンネーム。
ローマ(バチカン)読みでは、マルガリタとなりますが、
英語読みではマーガレットなんだそうです。

そして、南は父の名字。
村上は母の名字。

オーストラリア日系人社会では、村上安吉という人物が有名で、
今から120年以上前、日本からオーストラリアに渡り、
真珠船などの管理や写真家として、地元を盛り立てた人物だそうで、
この人が、母の父であり、私の祖父にあたります。
日系人の間では、村上というのは、それなりに由緒ある名前と思われており、
うちのファミリーは、どんなに結婚しようが、何代後であろうが、
村上という名を捨てません。笑

そんなわけで、オーストラリアでは、私も、村上ファミリーの一員なのです。笑

それから、村上安吉の妻、テレサ・しげのが、私の祖母にあたるわけですが、
彼女は、ドイツ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフ。
その娘である母は4分の1、そのまた娘の私は8分の1ドイツ人です。
こんなところも、日系人ぽくて、
ファミリーツリーををたどるとけっこう楽しいなと思います。
母方のファミリーの住むオーストラリアのほか、
きっとドイツにも、私の親戚がいる!!
もしかしたら、私に似た誰かが、町を歩いているかも!
と思うと、ちょっとわくわくします。

ちなみに、期待しないでください。
私は、英語もドイツ語もできません。笑
多少できるのは、手話だけです。笑笑
でも、手話という異言語に触れて違和感なく親しめたのは、
異文化コミュニケーションの渦の中を過ごした、
両親たちファミリーの影響を受けてのことかもしれません。

私は、日本生まれの日本育ちですが、
母の目玉焼きは、両面焼きのターンオーバー。
フライドポテトを、「ポテトチップス」と呼びます。
小さいころ、なぜうちは、よそ様とものの呼び方が違うのだろう?と思っていたら、
大人になって、それはオーストラリア文化なのだと知りました。
このほか、うちでは、顔を洗う洗面器を、ベイシンと呼び、
懐中電灯は、トーチ。椅子は、チェアでした。
今思えば不思議な空間ですが、
その中で育った私は、幼稚園や小学校で、
自分で周りの人の言葉を聞いて、一つ一つ覚えなおしたことを、
懐かしく思い出します。
だって、私の使っていた言葉が、みんなと違っていたから。笑

私は、いつも、異文化に挟まれて生きている。

まだ若いとき、「結婚したら夫婦別性」がいい!!
と言った私に、
「まあ、隣の韓国も別性だし、
欧米ではミドルネームとかに、以前の名前を残したりもするし、
日本の制度が、そうなっていないというだけだから。」
と、父がまるで反対しなかったことに、驚いた。

このほか、父は口癖のように、
「政治犯は、考え方や意識が、国とはズレているというだけであり、
極悪の犯罪者ではない。」と言っていた。
まだ小さい私に、こうした話をして、
本来具体的に何を指していたのかは、
父亡き今、本意はわからないが、
とにかく、それが、父の意見だったし、
知る限り、私の友達の親とは、違った角度で、ものをいう人だった。

まあ、そもそも、終戦後、英語ができるという理由で、
広島にある当時のオーストラリア軍(のちに米軍に移管された)に勤め、
毎日英字新聞ばかり読んでいれば、
一般の多くの日本の人とは、感覚が違って当然だったのかもしれない。

そんな私は、完全なる日本人であって、なんだか日本人じゃない。
日本で生まれて日本語しか知らないのに、微妙に感性が日本ぽくない。
私は自分が日本人だと思い込んでいるから、
そんな不思議なズレが、なぜ起きているのか、
幼いころは、知る由もなかった。

そもそも、このブログは、
南 瑠霞の故郷のことを中心に書こうとしているわけで、
この前から、お墓のことや、お寺のこともいろいろ書いているのだが、
そんな私が、実は、
マーガレットなどというクリスチャンネームを持っていること自体が、
もう、微妙。笑笑
この名前は、私が生まれた瀬戸内海の島の一番近くの市、
広島県呉市の教会に、今も残っている。笑

ただ、このこと自体、
和歌山という土地柄を示しており、
和歌山県は、日本の中でも有数の、移民県。
地元は、それぞれ、
南米ブラジルに出たファミリー、
ハワイやロスアンゼルスなど、アメリカ西海岸に出たファミリー、
そして、うちの母方のようにオーストラリアに出たファミリーなど、
移民家族があふれている。
元日本人の彼らは、今、現地で、様々な人と結婚し、次々に子供を産み、
私のように、二つ三つの文化の流れを汲んだ人が、
「私はだれか?」と、自分を探しているかもしれない。

私は、ほんの少し、そんな世界の日系人に、
日本て、こんなところだよ。
あなたのルーツとなった国の文化をちょっと覗いてみて。
と伝えたいと思っている。
一方、日本の多くの人にも、自分の国の魅力をもっと一緒に知ろうよ。
と話したいとも思っている。

せっかく日本に生まれたのだから、
むしろ、私は、日本のことを知りたいのだ。
ちょっとだけ、みんなと違う立場のファミリー生まれだから、
外から見た日本も見える。
日本の良いところは、形を変えても、心を残して、
日本人になるための勉強をしたいんだ。

最近は、お寺のことやお墓のこと、
いろいろ知りたくなったし、
大事にしたいなと感じている。

私は、日本での仕事名は、南 瑠霞だけれど、
ハートは、レイ村上だともいえる。
父がもともと私につけたかった名前「れい」
そして、日系人としてのアイデンティティを持つ「村上」
この名もまた、私なのだと、
ちょっと、最近思っている。

私は、日本人だけど、
ちょっと日本人じゃない。

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posted by 南 瑠霞 at 23:43| 和歌山 ☔| お墓参りしよう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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